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lochtext

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重さ軽さじゃなくて「主張するかしないか」

権利を主張するのは義務を果たしてから? またご冗談を……。 - デマこいてんじゃねえ!

生得的な権利は「ある」とするイマドキの考え方と、「ない」とするオクレタ考え方のどちらが正しいのかを、ここで問うつもりはない。思想や価値観の「正しさ」を問うことにはあまり意味がない。重要なのは、どちらがより「好ましいか」だ。

基本的な権利を主張することと義務を果たすことは関係ない、という主張に異論はないからそこの話はスキップするよ。

法学に関しては全く詳しくないんだが、「生得的な権利がある」というのがモダンな考え方なのだろうか。基本的人権という考え方の成立過程からしてそれは非常に危うい(ZFC集合論を仮定せずに現代数学の議論を始めるみたいなもんだろ)と思うのだが、それはそれとしてむしろぼくは「日本人は自分の権利が主張しなくても生まれると思っている」こと、その対比として「自分が権利を主張すべき状況でうまく主張できないこと」に問題があると思っている。

わかりやすい対比として、著作権と特許権を挙げよう。日本において著作権は作者が著作権を主張しなくても、創作物が生まれた瞬間同時に生まれる。それに対して特許権は発明を思いついただけでは生まれない。特許権を認めてもらうには、申請をして、審査を通過しなければならない。

なぜこのようなシステムになっているかというと、もちろんそのほうが「好ましい」からだ。昔アメリカでは著作権はコピーライト表記をしないと認められなかったがこのシステムには問題が多かった。現在国際的に著作権は「主張しなくても生まれるもの」、つまり基本的人権と似たような扱いになっている。

それに対して特許権を認めてもらうのに複雑な手続きが必要なのは、特許権が持つ力があまりに強いからだ。特許権は発明から生まれた経済的利益を独占的に享受することを認めている。あなたの思いつきもちょっとしたアイデアも全部特許、なんてことになったら社会が混乱を極めるのは目に見えている。そしてこれだけの強い力を特許権が持つのは、特許権の成立に由来する(詳しくはググれ)。もうひとついうと、日本の知財担当者は特許のClaimを書くのがヘタだ。

ある権利を自動的に与えるか、それとも主張したものにのみ与えるか、それは社会全体の利益を見て考えるべきだ。だが「主張したものにのみ与える」権利を、正式な手続きを踏まずによこせと叫ぶものに与えるのは間違っている。そして日本人はもっと「自分の権利を主張する」のがうまくなったほうがいいし、元記事に即して言うなら高年層は「自分の権利を主張する」ことができるようになった若者に対してもっと寛容になったほうがいいし、育休で若者が抜けた穴を埋めてくれるようにもっと上司に「主張」したほうがいい。

元記事は論理構成の面とかでもっと突っ込みどころがあるのだが「批判する人」って、まじダサい。/「批判される人」になろう - デマこいてんじゃねえ!だそうなのでやめておく。ぼくの記事も雑だしね。