lochtext

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「意見聴取会」はそもそもディベートの場ではない

そもそもこの意見聴取会って、「利害関係者」に発言の機会を与えるためのものじゃないから。(中略)毎日の記事を読めばわかる通り、問題視されているのは「利害関係者」が発言したことそれ自体、ではない。(逆ばりはなんとかの始まり(追記あり) - Apes! Not Monkeys! はてな別館

じゃ、何が問題なのよ? ってのがわかりにくいのではないかと思ったのでまずは補足。

そもそも「意見聴取会」とはディベートの場ではないんですよ。「意見を聞く」ための会なんだから。ゆえに『電力会社の言い分なんて「圧殺」どころか、税金と電気料金ぶち込んでさんざん宣伝されて来たというのが実態』であるのなら、公開の場で脱原発に属する方々の意見をこそ政府側が積極的に聞くべきだ、というのがapemanさんのエントリの論理であるわけです。この考え方に同意できるかどうかはその人次第ですが、論理としてはきっちりと通っている。

いっぽうこの意見聴取会をディベートであると認識している場合、推進(維持)・漸減・全廃の選択肢ごとに同人数を割り振って無作為抽選して……という開催方式は妥当であるし、『電力会社社員が選ばれるという素晴らしい“偶然”』は(電力会社側が組織的に人間を送り込んだのかどうかはさておき)偶然ではなく必然にみえるわけです。こういう感じのブコメはいくつか散見されますが、(はてなブックマーク - 今度は発言者に中部電力社員、意見聴取会紛糾 : 政治 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)←このへんを参照してください)hamachan先生もやはり「この意見聴取会はディベートである」という認識をどこかで持っているんじゃないか……。と思うわけです。というわけで、たぶんapemanさんが「逆張りだ」と指摘してもおそらくすれ違いに終わるでしょう(『「差別や暴力や抑圧の構造に対する認識の鈍さ」が露呈した』とか言われたら意固地にならざるを得ませんからね……)。残念ですね。

このような「意見聴取会」がどうしてディベート的であってはいけないかというと、明らかに情報/権力の非対称性があるからです。巨大な電力会社の社員と脱原発派の一般市民を対等な条件でディベートさせたとして、おそらく電力会社側が勝つのは難しくないでしょう。それが本当に民主主義といえるのかどうかはさておき。

ただ、「意見聴取会」だからといって、電力会社が持っているようなルートを持っていない一般市民だけに話を聞こう、というのもそれは本当にそれでいいのでしょうか。おそらく上記中の「利害関係者」とは既存の電力会社およびそれに連なる人間のことを指しているんじゃないかと思われるわけですが、それ以外にもたくさん<利害関係者>はいるわけです。たとえば、太陽光パネルの業者。たとえば、天然ガスの業者。たとえば、その下請け。たとえば、「脱原発」を旗印に支持者を集めたい極左暴力集団……。電力会社の「利害関係者」が排除されるのであれば、そういった<利害関係者>は? 電力会社の社員は今回みずから名乗ったようですが、こういった<利害関係者>が、はたしてほんとうに今後自分の立場を明らかにして意見聴取会に参加してくれるでしょうか? あくまでこの聴取会は「何の力もない一般市民」からの意見を聞くものだ、という立場を貫くなら、確実にこれは問題になってくるでしょう。今後の意見聴取会はおそらく電力会社の人間は出入り禁止になるでしょうが、そういうつまらないルールをつくるよりは、各自自らの立場をはっきりさせた上で、電力会社の人間であれ太陽光パネル会社の人間であれ参加を認める、という方針のほうがずっといいでしょう。すくなくとも、「国民の意見は頂戴しました」という官僚のアリバイに使われるよりはずっといい。