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lochtext

http://us.battle.net/sc2/en/profile/2312833/1/lochtext/

「いかなる強制送還にも正当性はない」をどこまで受け入れられますか?

http://d.hatena.ne.jp/lever_building/20121225#p1:title:いかなる強制送還にも正当性はない - やねごんの にっき

http://d.hatena.ne.jp/lever_building/20110217#p1:title:「ふほう たいざい」「ふほう しゅうろう」とは なにか? - やねごんの にっき

今回もはてブに書くには少し長くなったのでこちらに。

一般的な話として、「A国に滞在する、A国の国籍を持たない人間」について考える際には、以下の2つのような対立するスタート地点が考えられるでしょう。

(a)A国にいてよいのは、基本的にはA国の国籍を持つ人間だけである。よって、特別な許可を与えた者でない限りは、その国の政府は国籍を持たない滞在者を排除する権利を持つ。

(b)A国はコミュニティa、b、c、d……の結合およびそれぞれのコミュニティのメンバーの信託によって成立しているのであるから、コミュニティa、b、c、d……に所属する人間またはその辺縁に位置し生活する人間について、国籍を持たないことを理由に排除したり、あるいは扱いを変えるのは人権侵害である。

上記のエントリが、このうち(b)の観点に立って書かれていることは明白ですね。

 差別主義的な偏見をすこしでもぬぐってみるなら、日本人も外国人も、あるいは在留資格のない非正規滞在の外国人も、この社会の住民であることにかわりありません。ある住民がほかの住民に「出て行け」などと命令する特権的な資格などないし、反対に、ある住民が拉致監禁されて国外追放されてよい正当な理由などありません

この記事に対してのブコメが「なんかずれてるな」と感じるとしたら、それはそのブコメが上の観点から書かれたものであるからでしょう。これは若干蛇足じみた話ではありますが、スタート地点が違う考え方を持つ者どうしが、ある具体的な事象・問題について議論するときには、お互いのスタート地点が自分と違うことを十分に意識しなければなりませんし、もしそのスタート地点の違いを乗り越えてある課題に対して結論を出さねばならないなら、十分にお互いの考え方を尊重した上で結論を出せるのが望ましいでしょう。

さて、改めて上記エントリの掲げる主題についてまとめてみます。

(1)強制収容および送還が非人道的なものになるのは、強制送還しなければならないという考え方(=基本的な観点(a))がそもそも人権侵害を引き起こすものであるからだ。非人道的な状況を変えるには、国家/国民が(b)という考え方を採用すべきだ。

(2)国籍を持たない人間が日本を構成するコミュニティ内に存在しているのは、日本の側が(コミュニティが、そのメンバーが、政府が)それを必要としたからであり、彼らを(a)の論理で排除するのは不当である。このような不当な排除に抵抗するのは正当な権利である。

もし(a)を基本的な考え方として採用していれば、上記のような主張に全面的に賛同することは非常に難しいでしょう。個人的には(b)にも相応の説得力は感じますが、全面的に採用することはできません。

では、「強制収容及び送還における非人道的扱い」という問題を解決するために、(a)と(b)の両方がある程度納得して採用できるような現状の改善案は無いのでしょうか?

これは簡単で、(a)の側が「特別な許可」を与える条件を大幅に緩和すれば良いのです。これによって、まず(a)の論理に従ったとしても、国籍を持たない人間を排除する必要はほぼなくなり、(2)が解消されます。次に、強制収容および送還という事態が量的に少なくなるのに従って人道的な問題は解決に向かい、たとえ(b)を全面的に採用しなくても(1)も解消に向かうでしょう。

「移民/難民認定条件の緩和」が、このような認識に立って議論されることを望みます。